あの日から1年。
今日の東京は、雨。
まだまだ寒いけど、もう冬の雨じゃなくて、
春の雨だなって感じるのは、昨日、梅の花が咲いているのを見たからかな?
梅の花には希望を感じる。
私にとって、梅の花が特別なものに変わったのは、あの日から。
昨年4月、東日本大震災が起こってから、
災害ボランティアとして、がれきの運び出しや、
津波で被害を受けた家の床下に潜って泥を出す作業に行っていた宮城県亘理町。
そこで、初めて津波の爪痕をまの当たりにした。
元の町の姿は知らなかったけど、すさまじい光景に、恐怖を感じ、
そこで暮らしていた人たちはどんな想いだろうと、涙があふれた。
初めてボランティアでお手伝いさせてもらったお家のお庭。
津波の塩害で、ほとんどの植物が枯れている中、梅の花が小さく咲いていた。
その家のお母さんが大事にしていた梅の花で、「咲いてますよ!」と言ったら、
お母さんは、すごく驚いて、でもやさしい笑顔で喜んでいた。
お母さんは、津波で旦那さんを亡くしていて、家も壊さなくてはならい状況で、
そんな中でも、ボランティアに来た人たちを気遣ってくれた。
やさしさが体中にしみこんで、いっぱい涙に変わった。
私にとっては、お母さんそのものが希望の花に見えたけど、
梅の花を見ると、お母さんを思い出す。希望を感じる。
あの梅の花は、今年もまた咲くかな。
お母さんを笑顔にしてくれていたらいいな。
3月11日、私は亘理町へ向かいます。
震災があるまでは、なんのご縁もない町、人たちでした。
災害ボランティアをきっかけに、たくさんの人に出会い、
やさしさをもらい、私にとって、大切な人がたくさん住んでいる町になった亘理町。
その亘理町で、大切な人たちと一緒に、震災で亡くなられた方のご冥福を祈りたい。
これからの復興を一緒に願いたい、そんな想いで亘理町へ向かいます。
そんな中、昨年文科省のワークショップで一緒に歌を作った、
香川県陶小学校5年生の生徒たちから、現金書留が届きました。
陶小学校の5年生の生徒達とは、震災について一緒に考え、
自分たちにできることは何かをテーマに、歌を作りました。
昨年12月には、その歌を録音したCDと手作りのお守りを、
亘理町の方々に届け、喜んでもらいました。
その後も、亘理町のおばあちゃんたちと手紙のやりとりを続けていたそうです。
私がいなくなったら終わりじゃなくて、
ひとつ繋いだ縁をしっかり育てていたことがうれしかった。
私のブログなどで、みなさんからの復興応援募金の使い道などを紹介するのを見て、
募金も役にたつと思い、みんなで募金をしよう!と募金活動を行っていたそうです。
震災からもうすぐ1年、大々的に募金活動をしている人は見かけないし、
コンビニやお店に置かれている募金箱にお金を入れる人の姿もまり見かけなくなった今、
小学生にはものすごく大金と言えるお金が入っていました。
ずっと誰かを想って、行動し続けてくれていたことがすごくうれしくて、
みんなの想いがその封筒からいっぱい伝わってきました。
亘理町の人に届けてほしいと集めてくれた募金。
私が3月11日に亘理町へ行くことを伝えたら、託してくれました。
みんな、ちゃんとみんなの想いと一緒に、亘理の人に届けて来るからね!
ありがとうね、ありがとう。
その前に、私は今から徳島へ飛びます。
卒業式です。
昨年文科省のワークショップで一緒に歌作りを行った、
徳島県西祖谷中学校の卒業生を送り出してきます!
半年ぶりのみんなの笑顔に早く会いたい!
でも、みんな泣き顔かも・・・。
一緒に泣いて笑いたい!