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05月26日
たくさんの「ありがとう」

5月9日(月)〜23日(月)までの2週間。
宮城県亘理町でのボランティア活動を終え、東京に戻ってきました。

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災害ボランティアに行こうと思っている方へ、
少しでも参考になればと思うので、
私がした作業内容や、ボランティアについてご紹介したいと思います。

【宮城県亘理町】での場合。

朝、8:30から亘理町災害ボランティアセンターにて、受付開始。
ボランティアセンターの方の注意事項のお知らせがあり、その後、
依頼があった方からの作業内容や必要人数などが発表され、
自分ができそうと思ったら手を挙げ、まとまれば、
車などで現地に向かって作業をするという流れ。
作業は15:30までで、作業が終わらなかったり、お家の方の依頼が増えれば、
『継続』となり、後日また伺う。

5月8日(日)代々木公園でのイベント終了後、夜行バスにて仙台へ。

5月9日(月)朝仙台到着。仙台からはJRで亘理駅へ。歩いてボランティアセンターへ。
ボラセン横の駐車場脇にテントを設営し、今日から活動開始。
この日は、床上浸水1mくらいのCさん宅にて作業。
ガラス窓をはずし、障子なども一緒に外に運び出します。
畳をはがし、その下にある床板をバールではがしていく。
お庭に全て出し、床板の裏にある断熱材も処分。
床下に入り、ヘッドライトで照らしながら、ほふく前進。
津波によって運ばれて来た有害な泥を手作業で掘り起こし、
バケツに入れ、地上に出し、一輪車で近くの道路にそって運び出す。
道路脇の瓦礫や泥は、自衛隊の方や重機によりいずれ撤去されます。

10日(火)流れてきた家の2階部分や、
船が転がったままの地区にある佐々木さん宅にて作業。
庭先の瓦礫の山を重機が持って行きやすい場所まで移動させる。
私は、泥まみれになった食器や鍋などを洗い流す作業を担当。
長期間海水と泥に浸かっていた食器は、オレンジ色に変色していました。

11日(水)9日の日に作業したCさん宅にて、継続作業。
男性陣は、海水により枯れてしまった庭の木々を掘り出し撤去する作業。
私は、津波の跡がくっきりと残った窓ガラスの清掃、窓のサッシの泥の除去。
最後に、消毒薬を窓やサッシに塗る。

12日(木)家の1階天井付近まで浸水した、いちご農家のOさん宅にて作業。
目の前にいくつもあるいちごのビニールハウスは、
鉄パイプが波打つように根こそぎむしり取られ、茶色く枯れたいちごが広がっている。
津波により壊れてしまったピアノを男女7人で運び出す。
どこかの家の柱や、はがした壁を撤去する作業。
家から道路までの排水溝にたまったヘドロをかき出す。

13日(金)床上浸水したHさん宅にて作業。
庭先の瓦礫を近くの道路脇まで移動する作業。
小柄な人が一人入れるくらいのスペースの穴から、家の床下へ潜り泥を出す作業。
湿気を取るため、元々床下に敷かれていた炭を一端取り出し、
5mm程の乾いた泥をかき出し、消石灰と共に、炭を元に戻す。
作業の休憩中&作業後、FM岡山「牛嶋俊明のドリームファクトリー」に電話生出演。

14日(土)共同墓地の瓦礫撤去作業。
広大な土地にたたずむ墓石は、地震と津波により、なぎ倒されている。
中には、納骨部分がむき出しになり、遺骨も流れてしまっている墓地も。
墓地中央には、津波で運ばれて来た乗用車が2台、積み重なっていたり、
大きな大木が墓石に挟まっている。中には干からびた大きな魚も転がっている。
洋服や近くの田んぼの稲の根、
いちご農家から流されてきたビニールハウスの長いビニールは、
泥と一緒に埋まっているため、引っ張り出すのに、何人もの手が必要だった。
どこから流れ着いたのか、畳や家の柱も多い。

15日(日)物資の仕分け作業。
物資の保管場所になっている体育館には、
行き場を無くした物資が山積みになっている。
この日は、送られてきた衣類の仕分け。
膨大な量があるため、
これなら気持ちよく着てもらえるというものを基準に、選別していく。
きれいな新品のものもあるが、破れているセーター、シミだらけの洋服、
汚れたままで洗濯されていないズボン、毛玉だらけのもの、首が伸びたTシャツなど、
ほどんどがタンスの整理をした様な物が多く、
善意とはいえ、着る側のことをもう少し考えてほしいと思ったのが、正直な感想でした。

16日(月)共同墓地の継続作業。
墓地の中に流れ着いている細かいゴミ(枯れた稲や防風林の松の葉など)
やガラスの破片をかき集め、墓石にこびりついた泥をはらう作業。
自分がお墓参りに行ってするように、丁寧に手作業で行う。

17日(火)疲れと洗濯物が溜まってきたので、
この日の活動はお休みにしてコインランドリーや買い出し。
亘理町中央児童センターの先生方から要望があったデジカメを買い、届ける。

18日(水)線路よりも海側にあるKさん宅にて作業。
近くに植えられていたという防風林の松の大木が30本くら庭に流れ着き、
家の中にも貫通したという。
お隣のお宅は、住むことができなかったようで、すでに壊され、
家の基礎しか残っていなかった。
お庭の庭に流れ込んだ泥を角スコップで掘り起こし、
重機が入れる場所まで一輪車で運び出す作業。時間があったので、花壇の泥も撤去。
ガラスが混じり込んでいて、お花を植えなおすのも、大変そうです。
作業後、児童センターで子供達と歌を歌う。

19日(木)床下浸水のOさん宅にて、お庭に流れ着き乾いた泥の撤去。
枯れてしまった木や花もあったけど、生き生きと咲いている花もあった。
作業後、児童センターで子供達と遊び、歌をうたう。

20日(金)ボランティアセンターから徒歩15分ほどのコインランドリーにて、洗濯。
津波によって海水に浸かった毛布や布団を洗いに来ている方も多い。
その後、避難所で歌を届ける、仙台へ行きラジオの収録、亘理に戻りボラセンで歌を届ける、
FM山形の生放送に出演、物資を買い亘理町へ。詳しくは、一つ前のブログを。

21日(土)被害が大きかった荒浜にあるSさん宅にて作業。
1階天井付近まで浸水してしまったため、
壁を取り壊し、骨組みだけを残し、水に浸かって使えなくなった断熱材をはがし撤去。
畳をはがし、床板をはがした後、床下に潜り、10cm近く厚みのある生乾きの泥をかき出す。
床下には背の低いバケツとしゃべるを持って入り、少しずつ取り出し、地上にあげる作業。

22日(日)前日の継続で、床下の泥を全て取り除いたので、消毒のため再度床下に潜り、
消石灰をまんべんなくまいていく作業。泥だらけになったお風呂の清掃。
津波の爪跡を少しでも消したくて、泥水の跡がくっきり残るタイルをごしごし。

23日(月)作業せず、テントをたたんで東京へ戻るつもりだったのですが、
急遽、道路の側溝にたまった泥の除去作業へ行くことを決め、お昼まで作業しました。
側溝のふたも津波によって流され、畑の中から見つかったりします。
女性にはちょっと持ていない重さでも、側溝のふたを持ち上げる機材が導入され、
私でも一人で楽々ふたを持ち上げ移動することができました。

亘理町災害ボランティアセンターでは、現在、依頼されたお宅の方に配慮するため、
写真撮影を許可していませんが、
今回は21日、22日と作業させていただいたお宅のお母さんから
「好きなだけ撮っていって」と承諾を得て、撮影させていただきました。

女性にもできること、小柄な人でも役に立つ作業もいっぱいあります。

家の床下は天井が低く、人が一人入れる程のスペースしかないため、
ほふく前進で進み、泥をかき出す作業になります。
大きな体の男性よりも、私のような女性の方が作業がはかどります。
ここでは、厚さ10cmもある泥を撤去しました。
窓ガラスの破片やどこからか流れ着いたジャガイモが腐って異臭を放つ現場。
水に浸かって使えなくなった断熱材も取り出します。

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泥だしが終わったら、再び床下へ潜り、消毒用の消石灰をまきます。

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床板が取り外せないフローリング部分や廊下の下などは、真っ暗なため、
強力なヘッドライトが必要不可欠!
舞い上がる粉塵や石灰を吸い込まないように、防塵マスクと、ゴーグルも欠かせません。
ぬかるんだ泥があるので、防水加工してあるヤッケなども役立ちます。
むき出しになっている釘を踏んでも大丈夫な様に、
長靴の中には鉄板の入った中敷きを入れて作業します。

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泥まみれになった食器を洗う作業。

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きれいになったお家と、メンバーと!
片付いたお家を見て、お母さんが「やっとやる気がでてきた」と言ってくれました。
タケノコおにぎりを分けてくれた高野さん、
リーダーとして引っ張ってくれた20歳の学生ヒカルくん、
シフォンケーキを手作りして持ってきてくれた須藤くん。
ずっとお世話になった小宮さん。
この写真には写っていないけど、地元のボランティアさんの佐藤さんは、
3月末から、ボランティアを続けていました。
チームとして、一緒にお手伝いできた仲間たち。
気遣ってもらったり、助けてもらってばかりでした。

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私が2週間暮らしていたテント。
夜9時には眠くなり、朝は5時すぎに目が覚める生活。
持参した寝袋とマットが結構分厚かったから、快適だった!
テントを提供してくれたラフマミレーの石塚さん、ありがとう。

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お世話になったみなさん。

ボランティアさんにと、自宅のお風呂を貸してくれている三品さん夫妻。
泥まみれの私にあたたかいお風呂と、お茶と、楽しいお話をくれました。

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お隣角田市からボランティアに来られていた小宮さん。
お家におじゃまして、お風呂をお借りしたり、お腹いっぱいごはんを食べさせてもらった!
土のう袋や水などの物資の買い出しの際は、快く車を出してくれました。

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ずっと一緒のチームでボランティアをしていた阿部さん!
なんと、70歳!元自衛官!毎朝10㎞走って、作業してました、すごいパワー!

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4月に来た時に一緒に作業し、この5月もレースの合間をぬってボランティアに来ていた、
オートレーサーの鈴木一馬さん。
車でパソコンやケイタイの充電をしてくれたり、
児童センターにプレゼントするためのデジカメを買いに、お店に連れて行ってくれたり、
地元の方のお食事会に連れて行ってくれた。
その出会いがきっかけで、歌を歌う機会をもらいました。
鈴木さんと写真を撮ってなかったので、かっちょいい写真をもらったので載せます♪

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避難所のそばにある自衛隊の方が設営してくれている風呂。
汗をかいた後はさっぱり、寒い日はじんわりと、何度もお世話になりました。

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亘理町中央児童センターのみなさん。
貴文先生、百合子先生、ちえこ先生。
自衛隊風呂の隣にあって、子供達が遊んでいるのを見たとき、お風呂あがり立ち寄り、
「もしよかったら、子供達と一緒に歌いたいんですが、いかがでしょうか?」って、
勇気を振り絞って話しかけたのが、出会いでした。
ここへ来ると、何でも楽しそうに元気にお話してくれるので、
こっちが元気になっちゃう!
児童センターに直接届いたという、やきとりの缶詰やご飯にかけるレトルト食品などは、
数がそろっていなかったり、子供達には出せないということで、
ボランティアさん用にどうぞと、倉庫に眠っている支援物資も分けてもらいました!
自炊しているボランティアさんも多いので、喜ばれます。
こんな風に、必要のないものは、必要なところにうまく運ばれるとよいな。

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私がボランティアをしていた2週間の間、いろいろな変化がありました。

共同墓地の作業をした時に墓石の上に乗っかっていた、乗用車が2台、
撤去されていました。

4月に来た時は、まだ駐車場で基礎もできていなかった仮設住宅も完成し、
家電も設置され、入居できるようになりました。
夜、明かりがともった窓を見た時は、うれしかったな。
生活の明かりが、希望の光に見えた。

町に散乱していた漁船も、だいぶ撤去されていました。

いきつけにしてた回らない回転寿司も、回転するようになった!

道路脇に出されていた瓦礫の山も、だんだんと少なくなってきた。

少しずつだけど、確かに復興が進んでいる。

だけど、未だ、手つかずの場所も多い。

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瓦礫を片付けて、お家が少しきれいになっても、
玄関のドアがなかったり、窓がなかったり。
地元の大工さんたちは、仮設住宅の建設を最優先しているため、
まだまだ自分の家へ帰り、生活するには、時間がかかりそうです。
みんな、前を向いている、だけど、笑顔の下にはまだまだたくさんの不安があると思います。

震災から2ヶ月が経ち、ボランティアさんの数も減ってきています。
お仕事されている方は、なかなか難しいと思うんですが、
週末だけでも!と、夜中車を走らせ、朝から作業して帰られる方もたくさんいます。
地元の方も、遠く九州の方から来ている方もいました。
週末、どこかに旅行に行くなら、ボランティアへという方もいました。
亘理町に関しては、ゴーグルや長靴、鉄板入りの中敷き、
作業用の手袋、防塵マスクなども貸し出しているし、
近くにスーパーや食事できるお店もあるので、不便なことはなかったです。
一度行ってしまえば、私にもできる!と思えることがたくさんありました。
ボランティアは、難しいことじゃないです。

私自身は今回、お手伝いできませんでしたが、他にもいろいろなボランティアがありました。

◎役場で、パソコンなどを使った罹災証明の発行のお手伝い
◎石灰配布のお手伝い
◎災害ゴミ集積所での補助
◎避難所への物資運搬
◎自衛隊の方が設営してくれているお風呂での、
 お年寄りや体の不自由な方の見守り、サポート
◎避難所での清掃作業
◎避難所でのお話相手
◎遺留品や写真、アルバムなどを洗う作業

など、これからまた日々求められる作業は変わっていくと思います。

今回は、私が訪れた宮城県亘理町でのボランティアのことをお伝えしましたが、
その他の場所でも、県外からのボランティアさんを受け付けている所もあります。
災害ボランティアをやってみたいという方は、それぞれの災害ボランティアセンターで
募集内容や活動内容などが違うため、HPやお電話で、確認してみてください。
亘理町へボランティアへ行こうと思っている方は、
亘理町災害ボランティアセンターをチェックしてみてください。

【行き】
東京・新宿発→仙台行きの夜行バス(5000円)
JR仙台駅→亘理駅(480円)約35分
徒歩20分ほどで、亘理町災害ボランティアセンターへ。

【帰り】
JR亘理駅→仙台駅(480円)
新幹線・仙台駅→東京駅(5000円)
私がボランティアに行っている間に、
東北方面から、東京方面へ向かう新幹線の自由席が、
通常料金の約半額になるという制度ができました!
これは、ボランティアさんなど被災地の支援に行った人が、
帰りに利用できるようにと企画されたもので、
利用できるのは、仙台ー盛岡間の新幹線「やまびこの自由席」片道だけですが、
ありがたかった!

今回、亘理の人たちやボランティアさんにいっぱい親切にしてもらい、
たくさんの「笑顔」と「ありがとう」に出会いました。
時間ができたらまた、お手伝いに行きます。
笑顔に会いに行きます。