
石野田奈津代(いしのだなつよ)
シンガーソングライター 東京都・神津島出身 1980年4月28日生まれ
1980年、東京都にある人口2000人ほどの島・神津島に生まれる。
小・中学校時代、いじめにあい、いじめっ子を見返すため、歌手になろうと決意する。
そして、いじめから逃げるため、そして歌手になるため、
高校入学と同時に、島を離れ、東京本土に上京。
高校生になり、ギターを始める。人生最大のショックを受けたという「浮気=失恋」により、
抑えきれない想いをぶつけるために、自ら本格的に作詞作曲を始める。
その後、メジャーデビューすることを夢見て、制服姿で路上ライブを始める。
口コミで観客が増え、現役女子高生ストリートシンガーソングライターとして注目を集める。
1999年、石野田奈津代が高校卒業目前の18歳の時、
[いしのだなつよ/アルバム「ひまわり」]で華々しくメジャーデビューを果たす。
しかし、メジャーデビューが夢だった石野田は、夢を無くしてしまう。
1枚のアルバムと4枚のシングルをリリース。数々のテレビ番組のテーマソング、
多数のラジオ局のヘビー・ローテーション、パワープレイに選ばれるが、
セールスは思うように伸びず、約2年間の活動を経て、
石野田が20歳の時にレコード会社・所属事務所との契約は打ち切られた。
メジャー契約終了後、石野田は、ライブ活動を再開。
その後、中村一義のバンド『100s』の
町田昌弘(ギター)、玉田豊夢(ドラム)、山口寛雄(ベース)とバンド[kicca]を結成。
インディーズデビューするもバンドの音楽性に悩む日々が始まる。
ついには「なにを歌っていいかわからない」と作詞作曲が出来なくなり、バンドは自然消滅。
音楽活動を辞め、家に引きこもる。
2005年、『自分の歌いたい歌をうたおう!』ともう一度、一人で音楽を始めるため再始動。
メジャー時代の[いしのだなつよ]から漢字の[石野田奈津代]に名前を改める。
その頃、出逢った一人のスタッフとともに、自身の自主レーベル「SONGLiFE」を設立。
CD制作、ライブブッキング、ラジオなどのプロモーション、HP運営、通販業務、デザイン、
活動すべてに関わる作業を、手探りながら自らで行うようになる。
「反響がない=売れない」場合は、音楽を辞める決意をし、なけなしの全財産をつぎ込み、
2007年、8年ぶりのソロアルバム「わたしのうた」をインディーズでリリース。
一人でも多くの人に歌を届けるため、8年ぶりとなる路上ライブも再開。
精力的に全国を回りラジオプロモーションなども行った。
そして地道な活動を続けた石野田の音楽は、徐々に人の「心」に響き始めていく。
2009年、デビューから10年、ふたたびメジャーへ。
メジャーで再リリースとなったシングル「春空 -ハルソラ-」は、
様々なメディアで『泣かせるシンガーソングライター』として取り上げられ、
ワンマンライブが各地でソールドアウトするなど、石野田の音楽は多くの反響を呼んだ。
2010年、制約の多いメジャーを自ら離れる。ただまっすぐに愛のある音楽を届けていく・・・
*通常のライブ活動の他に、様々な場所で音楽を届ける“シチュエーションライブ”を企画。
自身の曲に合った場所にこだわり、星空コンサート、サンセットビーチ、プラネタリウム、
学校の教室、銭湯、結婚式披露宴などでライブを開催している。
*また、ここ数年は、文化庁・文科省からの依頼で、離島の小・中・高校へ。
講師として、生徒と歌作り行うなどの活動も行っている。
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株式会社SONGLiFE 石野田奈津代 宛



